「1人で死ねばいいという」発言について

ここ数年、自動車の事故

高齢者の事故

残忍な殺傷事件が多すぎて

当事者だったらと思うと

泣けてくる

 

今回の事件も

どうして起こったのか

なぜ人を巻き添えにするのか

うらみがある人に対しに刃を向けず

なぜ力のない弱いものに向けるのか

 

それは本人が弱いからなのだと

私は思う

叔父叔母、いとこにうらみがあるとしたなら

そこにうらみをぶつけるべきだと思う

でもそれができない事こそ

弱さの表れなのだと

 

その環境が嫌なら逃げればよかった

それすら選択しようとしなかったのは

お小遣いをもらう

食事も与えてもらえる

そういう楽を選んだ

容疑者の甘えではないのか

 

周りのせいにするのは簡単で

自分は悪くないと思うもの簡単

そっちの方が楽だもの

 

誰しも楽したいし

甘えたいし

誰かに必要とされたい

それは私にだってある

 

きっとかわいそうな育ちをしたんだろう

でも、それはこの事件を起こしていい理由には

なりえない

 

亡くなった

小学六年生の女の子の家族を思うと

涙が出る

失意のどん底だと思う

 

容疑者もなくなり

うらみをぶつける相手すらいない。

生きていたら生きていたで

死んでほしいと願う(←私なら)

何にしてもつらく悲しく

想像を絶する

 

 

「1人で死ねばいい」という言葉について

ネットではたくさんの意見が交わされている

 

私はこの発言については

「一人で死ねばいい」と思う方だ

なにより

被害者家族が一番思っている事だと

 

「どういう背景があったのかを考えて

安易にこの発言をすれば,こういう事件は終わらない。」

とかなんとか言ってる人がいるみたいだけど

 

そんなの、

被害者じゃないから

そんなうっすらした正論のような

変な正義のような事が言えるのだ

 

自分の大切な娘が殺されたら?

自分の身内だったら?

そーーーーんな事

口が裂けても言えんじゃろ

 

小学生の女の子

亡くなられた外務省職員の方

心よりご冥福申し上げます